TOP>ニュース > ノートに書かれた小さな小さな文字【犬が死んだ朝】

  • ニュース

ノートに書かれた小さな小さな文字【犬が死んだ朝】

ノートに書かれた小さな小さな文字

腰痛が再発して、通勤途中の駅で動けなくなった時、この仕事は続けられないと悟ったのです。専門学校を卒業して看護師になり、動物病院に勤務してあっという間の10年でした。

一昨年、腰痛で入院した時、院長先生が「ゆっくりやすんで、きちんと治して」とお見舞いに来てくれたけれど、私が休みの間、人手が足りずに、みんなに迷惑をかけました。新卒の子は、研修期間中に手術室のサポートをさせられて、泣いてしまったそうです。

ネットからダウンロードした退職届にサインをして、院長に渡すと、あっけなく受理されてしまい、「腰が良くなって、また病院で仕事をしたくなったら、声をかけてみてね。ここじゃなくても、いろいろ紹介してあげるよ」で、終わり。ロッカーを片付けていたら、夜勤の先生も姿を消して、たった一人、取り残されました。

最後の思い出と、病院の中をスマホで撮影していたら、ふと過去帳のノートの束が目にはいりました。病院に来ていた動物が亡くなった時に、「日付、種、名前、飼い主名、年齢、場所と死因」を記録しておく、ノートです。ごく普通の地味なキャンパスノートを、10年前のものから手に取って開いてみました。記録の文字から、その時の様子やペットの在りし日の姿、飼主さんの顔が鮮やかに蘇ります。

最初に体験した死は「2009年4月1日、ゴールデンレトリーバー、ケン、飼い主・入江義文、12歳、入院中に心不全」でした。

勤務して最初の朝、先生に「運ぶの手伝って」と言われて、入院室から処置室へ移動し、先生の指示で顔や体をきれいにふき取りました。前脚をもって白い葬儀用の段ボールに入れた時、足が冷たい棒の様に硬く、死が圧倒的に胸に迫ってきたのです。職場での初めてのペットの死は、冷たく硬い印象でした。

先生に「最初の日から、大丈夫?でも、慣れるよ?」と言われたのを憶えています。慣れるなんて、ありえないと思いましたが、10年たった今、死はもう日常で、あの時のような深い感慨はありません。過去帳の文字は、10年前の私の下手くそな文字でした。これを書きながら、この子と元気な姿で会いたかったと先生に言った記憶があります。家に帰ってちょっとだけ泣きました。手のひらにゴールデンの足の硬さが残っていたからです。

過去帳をなぞっていくと、思い出されるたくさんの動物と飼い主さんの顔がありました。「2010年1月14日、雑種猫、ミーコ、飼い主・藤田悦子、21歳、自宅で老衰」は、猫自身が死期を選択した立派な死でした。

 

藤田さんが入る老人ホームが決まった日、ミーコは急に具合が悪くなって、眠るように亡くなったのです。藤田さんに「この子の前で、誰に引き取ってもらうか相談したのが、悪かった」と電話口で号泣されてしまい、どう対応すべきかわからなかった。院長は「よくあること、自分で身を引いたんだ」と言っていました。

「2010年6月2日、ボクサー、ジェット、飼い主・大津良平、5歳、悪性骨肉腫、院内安楽死」は、飼い主が犬のために選んだ死でした。

大津さんは独身のイケメン。犬のためにわざわざ家を買うほどの愛犬家だったので、女性看護師に大人気でした。ボクサーのジェットも良い子で、来院するとみんなに可愛がられていました。それが悪性の骨肉腫と診断されたのです。治療について長時間、院長と相談した結果、愛犬にとって一番良い方法を選択したいと、安楽死を依頼されたのです。

「一分一秒でも苦しむ時間を与えたくない。注射の時、立ち会ってあげるべきだとわかっているのですが、とても耐えられません。不安を感じたら可哀想なので、僕がこれから出て行って、病院のドアを閉めた直後にお願いします」と言われました。ジェットが大好きな看護師が集まり、スタッフで最後を見送りました。辛く苦しい死の体験でした。大津さんは心に深い傷を負い、新しい犬を迎えることなく、今に至ります。

「2011年5月28日、雑種猫、さくら、飼い主・吉岡正、年齢不明、伝染性腹膜炎」も、深く心に刻まれた死のかたちでした。ある意味、私を甘っちょろい子供から大人にしてくれた、子猫の死でした。

道端で子猫を拾ったと連れてきた時、誰もが厳しい状態だと直感しました。拾った飼い主さんが必死で治療を依頼したので、その熱意に押されて、スタッフ全員で頑張りました。いったん回復したように見えましたが、力尽きて子猫は亡くなりました。

遺体を引き取りに来た時、担当の先生と吉岡さんの間で、治療費に関してもめました。あんなに何回も「命を救うためには、どんなことでもしてくれ」と言ったのに、最後は踏み倒して、逃げてしまいました。私はきれいごとでは済まされない獣医療の現実を前に、愕然としたものです。「お前らのせいで死んだのに、金をとるのか!」と受付で叫んだ吉岡さんは、それまでの吉岡さんとは別人でした。

10年前のノート一冊だけで、胸がいっぱいになってしまいました。あまりにもたくさんの死のかたちがあって、どれ一つ同じものはありません。そして、ふと気が付きました。過去帳の文字は私達看護師だけでなく、院長や担当の獣医師、たくさんの人が記入しますが、どれも小さく委縮した文字なのです。院長は封筒の宛名がはみ出すほどの巨大文字を書く人ですが、過去帳の文字はとても小さいのです。

過去帳の文字は小さい。それは受け入れたくない死に抵抗する、私達の心のありようでした。必死で抵抗しているけれども、逃れられない死。死には勝てないことを、認めたくないので、正々堂々と大きな文字で書けずに、小さく、委縮した文字で書く。過去帳は、連綿と続く、敗北の記録なのでした。

IOTの時代になり、院内文書は電子化されて、記録もすべてパソコンで一元管理されるようになるでしょう。すでにカルテの半分以上が電子化しています。近い将来、こんな手書きの過去帳は不要なものとなるはず。クラウドに記録されたデータの文字の大きさは均一で、誰が入力しても同じです。

同じ文字の大きさで書かれていても、その内容は一つとして同じものはありません。ペットの死のかたちに、同じものが一つも無い理由は、どの子も違う犬(猫)生を生きているから。だからこそ、ひとつひとつの命は貴重で、価値のあるものなのでしょう。小さな過去帳の文字が教えてくれた大切なことを、私は一生の宝物として、退職します。さようなら、動物病院、さようなら、過去帳の小さな文字たち、そうつぶやいて診察室のドアを閉めました。

「犬にまたたび猫に骨」講談社刊・柿川鮎子著、「過去帳の小さな文字」より

\ この記事をみんなにシェアしよう! /
この記事をみんなにシェアしよう!
関連記事
関連記事
  • ニュース

柴犬まるが日本のペット代表としてハリウッドデビュー! (6.19)

  • ニュース

腹持ち抜群!ポテトの春巻き【わんこも食べれる簡単ごはん】 (6.19)

  • ニュース

実話。柴犬・春馬のおかげで、塞ぎ込んでいたばぁちゃんが笑顔になった (6.19)

  • ニュース

犬猫と飼い主の昔と今。それぞれの成長と絆がわかる画像18選 (6.18)

  • ニュース

アメリカに渡って「アメリカン・アキタ」として愛された犬たち (6.17)

  • ニュース

人が「犬を飼いたい」と思う時、そのきっかけや衝動はどこからくるのか? (6.15)

  • ニュース

ベイクドチーズケーキ【わんこも食べれる簡単ごはん】 (6.15)

  • ニュース

社交的でアウトドアにも積極的…?犬好きな人にありがちなこと (6.14)

もっと見る

注目のグッズ

猫の舌を再現した「猫じゃすり」が、売れすぎて品薄状態!?

愛猫家必見!新発想な猫グッズで快適なねこライフを

これで人気犬!犬猫用『ドラえもん コスチューム』

どっちを選ぶ?村松誠の2019年版犬猫カレンダー

一緒に洗濯するだけで犬猫の毛を絡み取る『フリーランドリー』

愛犬が粋な日本男児に! クールな和柄の甚平

暗がりに浮かぶ柴イヌのシルエット!『シバウォールライト』

浄水フィルターできれいなお水を愛犬に!『ワンタッチ・ウォーターボトル』

人気記事
人気記事
\ PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック! /
PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック!


ページトップへ戻る