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「里犬」を大切にした江戸に学ぶ動物愛護精神

「里犬」を大切にした江戸に学ぶ動物愛護精神

イエズス会のフランシスコ・ザビエルが日本に宣教にやってきたのは天文18(1549)年、日本での布教活動のために、辞典を作成しました。慶長8(1603)年に発刊された「日葡辞典」では、「サトイヌ」という言葉が掲載されています。訳は「村里に養われている飼い犬」で、江戸時代は村や町など、地域で犬を飼育しており、それを「里犬」と呼んでいました。個人がコンパニオンアニマルとして犬を飼育する現在に比べると、地域や社会で飼育する犬はどういう存在だったのか、不思議な気がします。

江戸時代は究極の循環型エコ社会で、下水や上水が完備され、ゴミは完全に分別して再利用されていました。里犬は家庭で食べ残した魚の骨や野菜の切れ端などを食べる役割をもっていたのです。東海道中膝栗毛では残飯を食べてくれた犬のフンが邪魔だと、弥二さんの住む裏長屋の女房が愚痴っていました。犬は家庭ごみを食べてくれる大切な役割をもっていたようです。

弥二さんの裏長屋の女房は犬のフンを大家が片付けてくれないと愚痴りますが、犬そのものに関しては、おおらかに接しています。「大家ってば、家賃ばっかり取り立てて、犬のフンはほったらかし。自分ちの前だけ、フンを片付けるのよ、いけすかないったら」とグチグチ言うだけで、犬を邪険に扱ったり、追いやったりすることはありません。ゴミを食べてくれる犬は共同体で役割を持った使役犬だったのでしょう。欧米では猟犬として人々の役に立っていた犬ですが、日本では生ごみ処理、衛生担当動物として活躍していたようです。


浮世道中膝栗毛(十返舎一九著、国立国会図書館アーカイブズ)

こうした犬は里犬としてあちこちに放浪して、料理をする主婦から食べ物をもらいながら自由に暮らしていました。しかし、明治維新後、飼い主のいない犬は、全国規模で処分されてしまいます。家庭の生ゴミは専用業者が取り扱うこととなり、犬は人の財産を守る番犬として利用されるようになります。鎖に繋がれ、玄関で吠える犬が求められるようになったのです。里犬という言葉も消え、次第に忘れられた存在となりました。

現在、日本では野良猫を地域猫として見守っていこうという考え方が広まっています。里犬のように人々の間で、無関心ではあっても、大切な存在として価値を認められるような地域猫が身近にいたら、どんなに素晴らしいことでしょう。里犬を大切にしていた日本人ならば、それはきっと可能なはず。里犬を認めていた江戸時代のおかみさん達に学ぶ、動物との上手な距離感。江戸に学ぶ動物愛護精神です。

文・編集/柿川鮎子

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