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大好きだった愛犬を思い出させてくれる「光の犬」

大好きだった愛犬を思い出させてくれる「光の犬」【ブックナビ】

ガラス戸の玄関に差し込む午後の光のなか、まぶしいかたまりがいくつももつれあうようにしている。生まれてまもない子犬たち。むんむんと濃い匂い。母犬がガラス戸を背にして子犬たちを見守っていた。光がまぶしくて歩には子犬たちがよく見えない。まだ歩にはことばがないから、子犬という言葉も知らず、ただ見て、ただ聞いていた。(「光の犬」より)

小説の主な舞台は北海道で、登場人物が飼育してきた北海道犬が重要な主軸となって展開していきます。飼い主にとっては、さほど大きな存在ではなかったはずなのに、何かの折にその匂いを思い出したり、手触りを感じるシーンがあり、犬を飼っていた人ならば、読みながら何回も胸を突かれます。

小説の描かれた時代は明治から現代まで。登場人物も多くて、助産婦をしていた祖母よね、祖父眞蔵、その四人の子供の一枝、眞二郎、恵美子、智世。眞二郎の妻登美子と、その間に生まれた姉の歩と弟の始。幼馴染の一惟や友人や恋人など、物語は複雑ですが、混乱せずに読み進めることができます。

登場人物が、それぞれの視点から描かれているので、読む人によって、どの登場人物にも心を寄せることができます。人物も時代もそれぞれバラバラなのに、集中力がほどけて行かないのは、やっぱり中心に犬がいるからだ、と、愛犬家ならば感じるはず。それほど、魅力的で吸引力のある北海道犬でした。


北海道犬と人気を二分している秋田犬も正式名は秋田です。 

犬種と地名が同じで混乱するため、普通は北海道「犬」と呼びますが、北海道犬の正式名称は『北海道』です。古くはアイヌ犬とも呼ばれました。CMの「お父さん犬」で一躍、人気犬種となりました。もとは北海道の土着犬で、アイヌの人々は主に熊猟に北海道犬を利用してきました。長い年月をかけて優秀な犬を掛け合わせ、自分より何倍も大きな野生の熊にも平然と向かって行く、優れた猟犬を作出しました。

現在は美しい白い毛並みと、飼い主に忠実に従う気質から、コンパニオンドッグとしても人気を集めています。日本犬の良さは最近、海外でも注目されるようになっており、サムライの様に堂々と落ち着いた気質の北海道犬は、欧米の愛犬家に大人気です。国内ではなかなか手に入りにくい犬種となってしまいました。


登場人物も雨の日には犬の匂いを思い出す

冒頭の引用部分に紹介した赤ん坊の歩(あゆみ)は助産婦をしていた「よね」の孫で、女性ながら優秀な天文学者として働いています。あるとき、手のしびれと異常な疲労感を感じ、同僚のすすめめで検査をしたところ、がんが見つかります。若くて進行も早く、たくさんの手術の甲斐なく最後の日を迎えます。そして死の直前、北海道犬が登場します。弟の始は臨終間際で意識の混濁した姉が、子供の頃、北海道犬を持って「よいしょ、よいしょ」と言ってたのと同じ言葉を繰り返していると気が付きます。

志半ばで若い女性が亡くなるシーンは痛ましく辛いのに、犬が寄り添ってくれたという一点だけで、おおきな救いの感覚を得ることができます。犬と過ごした人は、たとえ短い間であっても、幸せな時間を心に刻みます。犬が亡くなってもその記憶は生涯消えることなく、苦しい時にこそ、飼い主を支えてくれます。

もしあなたが亡くなる時、迎えてくれるのがあなたの大好きな犬であったら、向かう先が天国でも地獄でも構わないと感じるはず。この本は、今はいない、大好きだった愛犬を思い出させてくれる小説です。あなたが今、犬と暮らしているのであれば、光の中に暮らしていること。つまり今いる場所が天国だと、教えてくれる一冊なのです。

文/柿川鮎子

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