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最近、妻も子どもも「犬が欲しい」と言い出した。

虹の橋を渡る日まで

父の四十九日も終わり、気持ちも落ち着いたところで遺品の整理を始めた。生前は大雑把でズボラな性格だと思っていたが、久しぶりに入った実家の父の部屋は、きちんと整理整頓されていた。

ずっと工場勤めで技術屋だった父らしく、遺品のほとんどは本棚に残された機械・電機関係の書籍で、資格に関する古い参考書や資料も残されていた。

目立った家具は本棚と机ぐらいで、文具がきちんとまとめられた父の机の上には、家族写真ともうひとつ、犬の写真が置いてあった。

父が15歳から飼っていたという写真の犬は「ニパっ」という音が聞こえてきそうなとびきりの笑顔だった。色褪せてはいたが、犬につられて笑ってしまいそうな、いい笑顔をしている。

父にとっては大切な写真らしくて、時々、この写真を指で撫でるように触っているのを見たことがある。

父は家庭に恵まれなかった人で、詳しい身の上話を知ったのは、初めて二人で行った、小さな居酒屋でのことだった。

物心ついたときには母親はおらず、祖母とふたりで暮らしだった。二、三ヶ月おきに訪ねてくる「おっちゃん」がいたのだという。

「あのおっちゃんは、実の父親らしくて、『タモツ』は、そのおっちゃんが連れてきたんよ」と教えてくれた。

二パっと笑っていた犬は「タモツ」という名で、父が15歳のとき父親らしき人がいきなり連れてきたそうだ。

「いきなり『お前に誕生日プレゼントだ』とか言って押しつけられたんだけど、誕生日は半年前だった。

確かにもっとガキの頃、犬を飼いたい、とか言ったかも知れんが、それから何年経ってるんだ、つーの。ホント、男親ってのはこういうところがポンコツだよな、まあ、人のことは言えんけど」と、笑いながらホッピーをゴクッとやった。

「笑う犬は何でタモツと名付けたの?」

「その、おっちゃんの名前」とあっさりしている。

「いや~、タモツが何かやらかすたんびに『こらっ、タモツ』とか『駄目だろ、タモツ!』とかやってたら、ばぁちゃんが苦笑というか、微妙な顔していたっけな」と笑っていたっけ。

「人間のタモツは、犬を子どもに押し付けて、その後どうなったの?」

「タモツ押しつけられたその日から、全く顔を見せなくなって、そのまんま。ばぁちゃんの葬式にも来なかった。

ばぁちゃんと住んでいた家から俺が働いてた工場は自転車で10分ほどの所にあって、ばぁちゃんが倒れた日、門のところに何でか、犬のタモツがいるのよ。

びっくりして、おい、タモツ、どうしたお前?って近寄ったら、吠えしてUターンする。あいつ、首輪と鎖がついた犬小屋ごとズルズル引っ張って来ててさ、しょうがないから、俺はその犬小屋を抱えて、タモツの後から走って追いかけたの。で、家に着いたらばぁちゃんが倒れてた」

救急車で運ばれて、一命は取り留めたものの、そのまま退院することなく、帰らぬ人となった。

「いや、もう、こんなに悲しいことがあるか、ってね。近所の人がいろいろ世焼いてくれたから、何とかばぁちゃんを送ることができたけど、みんないなくなって、家ん中でひとりになったときに、もうどうしていいかってね」

そんなときにタモツが、あの「ニパっ」とした顔をしてみせたそうだ。

「何だ、ひとが落ち込んでるときに、と思ったけど、その顔見てたら、何かもうどうでもよくなってね。

励ましてるつもりだったんだろうな、飼い主のくせに犬に気を遣わせてしまったな、ってさ。そうだな、タモツ、笑っている方が良いよな、と思ったわけさ」

父がいつも言っていた「辛いときこそ笑え」の原点はここだったのか、とその時はじめて知った。

「ばぁちゃんが亡くなって、俺一人になって、工場の寮に入れることになったのはいいけど、タモツをどうするかってなっちゃって。でも、タモツは俺の知らんところで、忠犬扱いされとったんよ」

ばあちゃんの危機を知らせに犬小屋を引いて走って行ったタモツの姿は、道行く人たちに目撃されており、近所の人々の間で、「老婆の危機を知らせに走った忠犬」と噂されていたらしい。

「利口な犬だから、うちで是非引き取りたいって言う人が結構いたんだけど、どうしてもタモツを手放したくなくて、工場長に言ったら社長に掛け合ってくれて、寮の番犬として飼ってくれることになったんだ。

タモツ連れて引っ越した寮の入り口に、牛でも飼うのかってくらいのデカくて立派な犬小屋を、工場長と社長が作ってくれてたの、あれ見た時、泣けたわ」

元の小屋がガタガタになっていた(引きずったからね)のを見て、少し落ち込んでいた風のタモツだったが、その立派な小屋には大喜びだったそうだ。

「小屋に入った瞬間、『ニパっ』だったよ。社長も『徹夜して作った甲斐があったわ』って笑ってた。もうホント、あの二人は俺の人生の恩人さ」

それ以降、そこの寮では犬を飼うのが通例となり、今もその立派な小屋で昼寝をしている犬がいるらしい。

「タモツは寮ではみんなに可愛がられてね、みんながこっそりおやつとかあげるもんだから、太って来ちゃって、朝晩と長めの散歩に出るようになったのさ」

散歩中にジョギングの女性や、部活帰りの女学生に遭うと、例の「ニパっ」をやったらしい。それが「可愛い」と、みんな寄ってきて撫でてくれたそうだ。

「それで何だか『犬のお兄さん』みたいな感じで顔見知りになって、立ち話くらいはするようになって、お前の母さんもその中のひとりだったワケ」

そういえば昔、母は「お父さんとはタモツのご縁で結婚したのよ」と言っていたけど、父はタモツをダシにナンパしていたんだな、たぶん。

「で、お袋とはすんなり結婚できたの?」

「いや、俺の生い立ちがアレだし、夜間高校には通っていたけど、まぁ学も無いしで、そりゃあまともな親だったら反対するわな」

しかしそれもタモツの「ニパっ」が解決したそうだ。

「ある休日、寮にお客さんが来てるって、呼ばれて行ったら、それが義父さんだったのよ。義父さん、他の寮の人と一緒になって、タモツと遊んでいた」

もともと犬好きだったそうだが、タモツの「ニパっ」が大層お気に召したそうで、それから犬の話で盛り上がったのを機に、打ち解けていったらしい。

「タモツはさ、俺の人生を節目節目で助けてくれたんだよ、あの『ニパっ』で。だから笑えなきゃ駄目なんだよ、いい笑顔で解決させるのさ」

父と母が結婚して、新居に引っ越してきた頃には、タモツはすでに老犬だった。

最初の子である姉が生まれ、這い這いするようになった頃、タモツは虹の橋を渡っていった。

「歳を取って随分弱っていたけど、死ぬって実感がなくてさ。でも、ずっと体調が悪くて、あの晩ね、様子を看に行ったら、ムクッと起き上がってね、あの顔でね、あの『ニパっ』でね、俺を見たんだよな。そして翌朝、冷たくなってた。安らかな死に顔だったよ」

「オヤジに本当の家族ができたのを、見とどけて、タモツは安心して逝ったんだな」俺がそう言うと、父は笑いながら涙を流していたっけ。

父の身の上話のはずが、結局タモツの話ばかりしていた。それほど父にとっては、人生から切り離すことの出来ない存在だったのだろう。

昔、父がやっていたように、タモツの写真を指でそっと撫でてみた。そして、気が付けば、仏壇の父の遺影は何だかタモツにそっくりだ。どっちも良い笑顔をしている。

今頃はあの空の上で、ふたりで「ニパっ」と私たちを見ているのかな。

最近、妻も子どもも、犬が欲しいと言い出した。タモツのように、子どもたちの人生に寄り添ってくれる存在になってくれるだろうか。

(文/木村圭司、編集/柿川鮎子)

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