「犬を見ている顔が果てしなくキモイ」と言われた

虹の橋を渡る日まで

今日は久しぶりに付き合っている彼女が家に来るというので、朝から張り切って掃除をしたり、彼女の好きなケーキを買って準備をしていたのに、いきなりLINEで「ごめん、今日そっちに行けなくなった。妹が突然うちに来てる」ときた。

「じゃあ、ケーキも買っちゃったし、そっちに行くよ」と、返信して、彼女と彼女の妹と可愛いダックスフントとでお茶をしている。彼女に久しぶりに会いたかったし、妹ちゃんを慰めてやるクールな義兄（結婚はしていないが）を演じてやるつもりだ。

妹ちゃんは「果てしなくキモイ顔」と言われてショックを受けていた。「顔だよ？顔が果てしなくキモイって、そんなこと言われたら、どんな顔してればいいのかわかんないよ。ひどすぎない？」と怒る。確かに女性に対して顔がキモイっていうのは、致命的かも。

「昔から親戚とかに、味噌屋の三姉妹は、真ん中が一番ブスって言われてた」と、かなり姉と妹にコンプレックスがあるらしい。姉の彼女は「何言うとんねん」と慰めているが、女性にとって容姿に関する感情は、複雑で根深いものがあるのだろう。

「ねえ、そんなにあたしの顔、酷い？男のヒトの本音を正直、聞きたい」と迫られて可哀想になってしまった。確かに彼女より容姿は劣るが、性格は良いし、傾いた味噌屋を立派に立て直した実力者と聞いてる。姉である彼女が一番頼りにしている妹なのに。

励ますつもりで「キモイわけないって」と断定してやる。「顔じゃないよ、問題は彼の方にあるんじゃないかと、俺は思う」と、大げさに腕を組んだ。

「彼はさ、妹ちゃんの犬に嫉妬したんだな。犬にメロメロな妹ちゃんの顔を見てたら悔しくなっちゃって、顔がキモイって傷つけたくなったんだと思うよ。だから、そこは流してやって、仲直りしなよ。別れるなんて、今決めない方がいいよ」と、余裕のある大人の対応をしてやった。

「妹ちゃんはさ、味噌屋の仕事で忙しいし、彼ともあんまり会う時間ないだろ？だから、彼はたまに会った時ぐらいずーっと自分の方を向いて欲しいと思ったのに、妹ちゃんが犬の寝顔を見てにんまりしているから、何だ俺より犬かよ、って、頭きて傷つけたくなったんだ」。

彼女は「アンタ何かっこつけてんのよ」と肘でどついたが、「そう！それ！嫉妬だよ、嫉妬！寝ているワンコにメロメロな妹ちゃんにくやしくなったんだよ」と同意はしてくれた。

そして、「ホントに顔がキモイって思ってたら、２年も付き合ってないって。彼氏君は出張中のキャバクラ遊びを隠せるような男じゃないから、犬に夢中の妹ちゃんに、腹を立てた気持ちを隠せず、キモイって八つ当たりしたんだよ。別れるなんて、早まんない方がいいってば」と言う。

出張中のキャバクラは完全にバレていた。義兄の尊厳は地に落ちたと思う。可愛いダックスフント君がなぐさめるように、優しく膝の上に乗ってきた。

文／柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士１級。著書に『動物病院１１９番』（文春新書）、『犬の名医さん100人』（小学館ムック）、『極楽お不妊物語』（河出書房新社）ほか。