TOP>ニュース > 私の中でアドルフは生きて、走る。【犬が死んだ朝】

  • ニュース

私の中でアドルフは生きて、走る。【犬が死んだ朝】

犬が死んだ朝

父の遺品整理をしていたら、靴の箱の中から手縫いのポーチがでてきた。四角く固いものが入っている。探している通帳かと期待しながら開けたら、たくさんの犬の写真だった。わが家で飼ってきた歴代の犬たちのほかに、私の知らない犬の写真も含まれていた。

犬の写真だけをまとめたもので、幼い父が猟犬と写っていたり、制服姿の父の家族写真の足元に犬が座っているものもあった。写真をめくっていると、裏に父の筆跡で昭和35年7月~昭和42年12月と書かれたシェパード犬がいた。これが父の愛したアドルフか、と、すぐにわかった。父は私が生まれる前に飼っていた大型犬のことを、なつかしそうに語っていたからだ。実物を見るのはこれが初めてで、なかなか凛々しい姿をしていた。

「利口な犬で、私の指示を間違えたことがない」「やきもち焼きで、お母さんに嫉妬したんだ」そんな風に語っていたっけ。アドルフは有名な警察犬の繁殖家が手放した、血筋の良い犬だった。生まれつき歯が一本無かったので、父のような一般の愛犬家に譲られたらしい。

アドルフに関して、忘れられない言葉がある。父はアドルフを引き合いに出して、「本質を見誤るな」と諭したのだ。リボンが可愛い制服の私立中学に行きたいと、我儘を言った時だった。

突然、昔飼っていた犬の話が出てきて驚いた。「アドルフは素晴らしい犬だったのに、繁殖家はたった一本の歯が無かっただけで、優秀な犬を手放した。犬の素晴らしさは歯で決められるものじゃない。心や気質だ。偏見や風評、外見に惑わされて、本質を見失ってはならない」と言った。こども心にも、印象に残っている。

私の生まれる前、アドルフと父はどんなふうに愛情を交わしたのだろうか。母にやきもちを焼くぐらいだから、アドルフは父を心の底から愛していのだろう。喘息もちで体が弱く、親の借金と仕事に追われた人生を送った人だったけれど、犬との甘美な時間が、確かに存在したのだ。

写真のアドルフは美しい犬で、何かをひたと見つめて、口をあけ、長い舌を出してお座りをしていたり、カメラに向かって嬉しそうに走っている。力強く、生命力あふれる姿を見ていると、改めて父がいない寂しさをひしひしと感じた。なぜこの犬のことを、もっとたくさん教えてもらわなかったのだろう。

アドルフの好きなことは何?お散歩はいつ、どこへ行っていたの?昭和30年代の犬の食事は何だったの?アドルフについてもっともっと知りたかった。

父の死を体験してはじめて、理解したことがある。死の喪失感とは、その人の存在を失うことだけでなく、その人を取り巻くあらゆる情報の遮断にあったのだ。

アドルフについてはよく知らないまま、いつか私も父の待つ世界へ旅立つだろう。それでも、アドルフという私の知らない一頭の犬が存在したこと。その存在で、父が豊かな人生のひとときを味わったこと。アドルフが亡くなっても父の記憶の中に生き続けたことを、私は確かに引き継いでいく。私の中でアドルフは生きて、走る。永遠の犬、アドルフ、父と共にいてくれて、ありがとう。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

バックナンバーはこちら

https://petomorrow.jp/?s=%E7%8A%AC%E3%81%8C%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0%E6%9C%9D

\ この記事をみんなにシェアしよう! /
この記事をみんなにシェアしよう!
関連記事
関連記事
  • ニュース

1位はどの子?2020年全国の宿自慢の「看板犬ランキング」 (12.2)

  • ニュース

犬と猫の同居生活!いつから一緒に暮らすべき? (12.1)

  • ニュース

愛犬と行けるランチスポット「ビーチサイドカフェ鴨川」 (11.30)

  • ニュース

大雨の結婚式に現れた泥だらけの野良犬 (11.30)

もっと見る

注目のグッズ

犬猫どっち派?村松誠の「2021年版 犬猫カレンダー」

ドラえもんに大変身!犬猫用『ドラえもん コスチューム』

お待たせ。「俺、つしま」グッズ大特集!

ヘビロテ確定。「俺、つしま」のTシャツが登場!

人気記事
人気記事
\ PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック! /
PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック!


ページトップへ戻る