TOP>ニュース > 犬は一日中、仕事をしないでただ生きている。自分も犬のように、ただ生きればいいんだと教えてくれている気がした。

  • ニュース

犬は一日中、仕事をしないでただ生きている。自分も犬のように、ただ生きればいいんだと教えてくれている気がした。

虹の橋を渡る日まで

早朝の風の中に少しずつ春の気配が混じってきた。愛犬との散歩道には小さな梅林があり、ちらほらと梅が咲き始めている。犬も僕もちょっと立ち止まって空気の中の、ほのかな梅の香りを味わってみた。闘病の長い冬を抜けた手ごたえがあった。

病気の間は、この苦しい状態が永遠に続くと思っていた。一番大変だったのは、退院してリハビリのために散歩していた僕が、あろうことか不審者に間違えられた事件だ。「不審者出没!お子さんのいるご家庭は気をつけましょう」、という回覧版が回ってきた。20歳ぐらいの若い男性、頭からフードを被り、前かがみで歩く、と書いてあり、家族は僕のことだと大笑いしたけれど、姉は「ご近所迷惑かもね」と散歩用に犬を連れてきた。保護犬らしい。「これから近所を散歩するときは、犬を連れて行けばいいよ」と言われた。

自分は能天気でちゃらんぽらんな人間だと思っていたから、最初は病気を受け入れられず、闘病生活は壮絶だった。完全におかしいと自覚したのは1年前、会社に行く時、電車から飛び降りて死にたくてたまらないと感じたのだ。ホームでベンチに座り、中学時代の友人の父親が自殺して、友人がものすごく悲しんだのを思い出して、必死で自殺を思いとどまった。病院に行ったら即入院と言われた。

入院してひと月経ったら、死にたいという気持ちがずいぶん薄らいできて、自宅療養になった。退院する時、医者はいくつかアドバイスをしてくれた。「朝は必ず起きること」「散歩など軽い運動をすること」「つらくなったらすぐに病院に相談をすること」の3つだ。「必ず治ります」と力強く言われたので、信じて実行した。

特に散歩は「自然と触れ合いながら、自分の中から生きる気持ちを育ててください」と強くすすめてくれた。必死になって近所を散歩していたのだが、その様子が不審者に見えたのだろう。

姉の連れてきた犬は保護犬で、高齢の飼い主が亡くなり取り残された犬らしい。母親は「あらやだ、子犬じゃないの?」なんて残念がっていたけれど、姉は「いいの、散歩が目的なんだから」と言いながら、べたべた甘やかしている。犬には全く無関心だった父親までをも虜にしてしまった。

家族の関心が犬に移って、心の負担が軽くなった。以前はテレビを見て大笑いする母親が憎くてたまらなかったが、犬と笑う母親を「いいな」と思えるようになってきた。

時間が経つにつれて、犬の存在がありがたく感じるようになった。犬が命のある生き物だという点が、僕にはとても良かった。虹の橋を渡る日まで、一緒に生きる仲間になった。犬は一日中、仕事をしないでただ生きている。自分も犬のように、ただ生きればいいんだと教えてくれている気がした。飼い主を亡くして取り残されても、けなげに生きている犬に、励まされた。

何より長時間の散歩でも文句を言わずに、嬉しそうに付き合ってくれる。しゃべらないから、言葉で傷つけられることもない。つらい時は黙って寄り添ってくれるし、目を合わせればいつだってご機嫌に尾をふってくれて、本当に癒される存在になった。

この病気は、朝、目覚めた直後がとてもつらい。夜は普通の自分に戻るのに、朝、目が覚めると自分がどんなに価値のない最低の人間か、ありとあらゆる自分への罵詈雑言が脳内を駆け巡る。医者は「つらいでしょうけれど、いったんベッドから離れて起きること。生活のリズムだけは、絶対に崩さないように」と繰り返すので、朝、必死になって起きる。頭の中は腐ったように真っ黒だ。

ベッドから身体を起こすと、犬がそっとやってきて、ベッドの足元で丸くなる。散歩に行くまでじっと待っているのだ。最初はこの「待たれる」のもつらかったが、最近は「こいつのために起きよう」と考えられるようになった。暗く重たい気分と戦い、頭の靄が晴れるのを待って、散歩に出かける。犬がいなかったら、朝の気分の悪さに負けて、ベッドから出られなかった。

つらいのは朝だけで、夜は普通に戻る。夜の散歩は朝より楽で、お巡りさんに「こんばんわ」と声をかけることもできるし、近所の塾帰りの子ども達から「犬を触らせてくださーい」と言われても笑顔で対応できるようになった。心穏やかに眠りについて、そしてまた、苦しい朝がやってくる。

それでも、今朝のような春の気配を感じると、確かに生きる力が湧いてくる。自分の病気は犬とともに回復してきた。梅一輪ほどのはかない春の気配を、犬と一緒に楽しめる自分がもどってきた。

文/柿川鮎子

「犬の名医さん100人データーブック」(小学館刊)、「犬にまたたび猫に骨」(講談社刊)、「動物病院119番」(文藝春秋社刊)など。作家、東京都動物愛護推進員)

\ この記事をみんなにシェアしよう! /
この記事をみんなにシェアしよう!
関連記事
関連記事
  • ニュース

犬はマンゴーを食べられる?あげてもいい果物とおやつレシピ【春~初夏編】 (6.12)

カットされたマンゴー
  • ニュース

十二支に見る犬(戌)の特徴!陽の気溢れる安産の象徴? (6.11)

  • ニュース

知れば愛犬ともっと仲良くなれる!これが犬が喜ぶ「なで方」だ! (6.10)

  • ニュース

トイプー、柴犬、チワワ…人気犬種が気をつけたい病気とは…? (6.9)

もっと見る

注目のグッズ

犬猫どっち派?村松誠の「2021年版 犬猫カレンダー」

ドラえもんに大変身!犬猫用『ドラえもん コスチューム』

お待たせ。「俺、つしま」グッズ大特集!

ヘビロテ確定。「俺、つしま」のTシャツが登場!

人気記事
人気記事
\ PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック! /
PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック!


ページトップへ戻る