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下僕な彼の「放っておけない」人生。

「心ならずも生まれてきた動物たちに精一杯生きる機会をあげよう」これが私たちの目指すもの。地球は人間だけのものではないのです。人間は自分たちの生活向上、快適さを追求するあまり、人間以外の生き物の生きる環境を破壊し、生きる機会を狭めています。

便利すぎる我々の生活、罪深いほどの豊かさの陰で悲鳴を上げている、無垢で弱い生命の声が聞こえませんか?我々の周囲でさまざまな生物たちが、与えられた命を最後まで燃焼できる、それこそが人間にとっても美しい環境ではないでしょうか?

前澤晴男(わんにゃん会譲渡誓約書より)

戦争の犠牲は弱者。それは動物もまた同じ。

「目の前に困っている動物がいれば、私は見過ごさない」こう話すのは約40年に渡り犬猫を中心にボランティア活動を行っている前澤晴男氏。彼の生涯は動物に捧げたと言っても過言ではないだろう。

決して器用な生き方をする人間ではなく、どちらかというと「不器用」そのもの。「周りから見れば私は変わり者ですよね(笑)」と自ら話す筋金入りの「動物愛」。「前澤さんはまた…」と言われながらも、彼の周りには動物も人間も集まってくる不思議な魅力を持ったオヤジ。

前澤氏は第二次世界大戦も終盤に差し掛かる1942年生まれの78歳。B29による東京大空襲を脱がれ、墨田区(東京都)から小山市(栃木県)にある母方の実家へ疎開し、幼少期はそこで過ごした。

戦争では多くの人間や動物たちが死に、そして、住む場所を失い、食べるものに困り、それぞれが生きることに精一杯。幼心に「動物と一緒に過ごしたい」と思ってみても今みたいに動物を愛でる事ができたのは、動物に食事を分け与えられる一部の裕福な家庭のみだったという。

そのような中、野良犬を棒で叩いて追い払ったり、野良猫が子供を生んだから捨てに行ったなどという友人の話、そして、その光景を目の当たりにした彼は大変心を痛めていた。

「戦争は人々の生活を脅かし、自由や命を奪っていっただけでなく、人間に危害を及ぼすとして処分された動物園の動物たち、そして毛皮や食用とされた犬や猫などの小動物たちなど、人間の都合で多くの動物たちも犠牲になったことを忘れてはいけない。戦争はとても愚かな行為ですよ」と語る。

戦争の体験を継承していく方が減りつつあるなか、前澤氏といろんな話しができた時間は私にとってとても有意義であった。そして彼の動物に対する愛の原点が見えたような気がしてきた。

放っておけない人生のはじまり。

前澤氏が最初に動物と暮らしたのは猫。疎開先を引き上げ東京へ戻ってからのこと。「姉も動物が好きでね、一緒に可愛がったよ」と話す。

しかし、当時は「室内飼い」という概念もなく、猫は家と外を出入り自由。避妊も去勢もしない時代に仔猫が沢山生まれた。彼は「その仔猫たちは、おそらく父親がどこかに捨てに行っていたのでしょうね」と話す。多感で心優しい少年にとっては頭では理解していてもこれもまた悲しい現実となっていった。

その少年は大人になってもその心は変わらなかった。「道を歩いていると不憫な犬や猫に出会っちゃうんですよ。そしてアパートに連れ帰り面倒を見ちゃうの」そして「放っておけないんですよ」と屈託のない笑みを浮かべた。

そのころはまだ「動物に対するボランティア」という言葉を聞くこともなく、ただ手を差し伸べ、生活を共にするのが精一杯だった彼。

その後、諸事情により一緒に暮らしていた犬10匹、猫10匹を引き連れて母方の実家がある小山市(栃木県)へ戻ったのが1980年。

そして小山市で活動をする「動物友の会」と出会い、いろいろな動物保護の手法を知りこの会に参加。本格的にボランティアとしてこの道に進んだ。

その頃、茶道の道具を扱った店を新宿に構えていたので、栃木県から東京まで毎日通いながらも犬猫の保護、譲渡会などに精を出していたと話す。この活動が現在、自ら代表を務める「わんにゃん会」の基礎となった。

そして1997年に動物友の会を離れ、自ら「非営利民間ボランティア団体 わんにゃん会」を発足した。活動場所は自宅で「田舎とは言え隣近所からはうるさいなどと苦情が沢山きましたよ」と当時の苦労を話す。

動物を愛する人たちに支えられた頑固ジジィ。

わんにゃん会は前澤氏だけが頑張っているわけではない。犬舎・猫舎の清掃や餌の補給を毎日交代で行っている方たちや、毎週のように譲渡会の手伝いをしている方たち、その活動を広め、募金活動を行っている方たちなど、その方たちのひとりひとりの活動の上に成り立っている。

そして、約20年もの間、犬や猫たちの去勢・避妊をはじめ、健康を支えてきた中島獣医師の力は大きい。活動拠点だった前澤氏の自宅が2018年8月に火事になり転居を余儀なくされた時も、中島獣医師をはじめ、わんにゃん会の方たちのサポートにより再建した。

周囲からは「もう歳なのだから自分のことも考えた方がよいですよ」と言われても、彼にはどこ吹く風。生涯現役を通すと言い張る。

前文で少し触れたが前澤氏の自宅は一昨年、火事に見舞われた。そして昨年の大型台風では前澤氏が犬や猫たちと寝食を共にするシェルターも洪水の被害にあった。家財道具も、想い出の品、衣服さえ今はほとんど残ってない。

それでも、困っている動物がいれば駆けつけ、一匹でも多くの動物が幸せな環境を手に入れられるよう、毎週のように譲渡会を開いている。

もちろん、動物たちのために支援を呼びかけ、寄付も募っているが、しかし、それだけではシェルターを維持することはできず、大変失礼な言い方になるが、僅かな年金のそのほとんどを動物たちのために費やしている。

世の中には沢山の動物ボランティア団体があり、それぞれの手法で動物たちの幸せを願っている。前澤氏が率いる「わんにゃん会」もそのひとつ。

前澤氏は頑固ジジィだけれど、その「覚悟」と「信念」には頭が下がるばかり。なぜ私がこの前澤氏のことを書こうと思ったのかその理由はここにある。そして私の中では「レジェンド」的な存在になりつつある。

譲渡は地元に拘る。

前澤氏が代表を務める「わんにゃん会」は毎週日曜、佐野インターを降りてすぐにある「道の駅みかも」で譲渡活動を行っている。

前澤氏は譲渡会に訪れた方に「どちらにお住まいですか?」と最初に必ず聞く。そして地元近辺でない譲渡希望者の場合はお断りをしているケースもある。

彼は「地元」に拘る。地元であれば「この地域では虐待情報がある」「ここでは崩壊した実績がある」などいろいろな情報が入りやすいとの同時に、譲渡後の様子も耳に入ってくるからだ。そして、本当にその人がきちんと世話をしてくれるか、いい加減な気持ちで引き受けてないか、ましてや虐待目的で引き取ろうとしていないか。譲渡会の際にその方の会話の中で見極めているという。もちろん譲渡誓約書もあり、基本的なヒヤリングも行っているが、自分の目と耳で「人となり」を見ることが一番大切だと彼は話す。

特に成犬の場合は、最初の飼い主、保護をした前澤氏と「主」となる人間が変わっているため、そう簡単には新しい環境に馴染めない。「その家の犬になれること」「きちんと犬と向き合えるか」を犬舎に何度も足を運んで貰いその「覚悟」を見極め、両者納得の上で譲渡の流れになるという。

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