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その昔、犬は「ひよ」と鳴いていた。

その昔、犬は「ひよ」と鳴いていた。

日本で犬の鳴き声はワンワンですが、犬の声を表した最も古い書物は平安時代に書かれた大鏡で、犬は「ひよ」と鳴いていました。今とは全然違う音に聞こえます。

大鏡は平安時代後期、白河院政期(1086 – 1129年)頃に完成したと考えられている、紀伝体の歴史物語です。藤原道長の栄華の物語が有名ですが、大宅世継(190歳)と夏山繁樹(180歳)という、ちょっとあり得ないほど高齢な二人の老人が語り合う、対話の形式で書かれています。

大鏡では犬に関するエピソードが掲載されています。清範律師という播磨(はりま・兵庫県)の僧侶は立派な人物で、人々から様々な相談事や法事を頼まれていました。ある時、愛犬家から自分の犬の法事を依頼されます。

大勢の人々が集まった犬の法事で、飼い主は愛犬をしのび、説法を頼みました。清範律師は快く引き受け、飼い主に「ただいまや過去聖霊は、蓮台の上にてひよと吠え給ふらん」と言ったと書かれています。

「いまごろ極楽浄土のハスの上で、ひよと吠えていらっしゃるのではないでしょうか」という意味で、ここで犬の鳴き声を「ひよ」と書き残しました。


桃太郎宝蔵入(国立国会図書館アーカイブズ)では「わんわん御共しませう」

犬がひよと鳴く、というのは不思議な気がしますが、当時の日本語には濁点がなかったので、「ひよ」は「びよ」ではなかったかという説が一般的です。江戸初期に発刊した狂言記(1660年)では犬の鳴き声は「びよ」と書かれていました。

英語の鳴き声のバウワウと、ビヨビヨという声は何となく似ているような気がします。昔の人が聞いた犬の声と、現在の私達が聞いている犬の声は、ずいぶん違うのかもしれません。

一方で、亡き愛犬をしのんで僧侶に法事を頼む、愛犬を思う気持ちは、何百年たっても同じでした。高僧に「蓮台の上にてひよと吠え給ふらん」と言われた飼い主さんは、極楽浄土に遊ぶ犬の姿を思い出し、涙をこぼしたことでしょう。

文/柿川鮎子

「犬の名医さん100人データーブック」(小学館刊)、「犬にまたたび猫に骨」(講談社刊)、「動物病院119番」(文藝春秋社刊)など。作家、東京都動物愛護推進委員)

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