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1人で暴走、デッドストック…動物を個人が保護することの限界

1人で暴走、デッドストック…動物を個人が保護することの限界

なんでもかんでも、自分1人でできるわけではない。

日常生活の基本的なことや、仕事をしてお金を稼ぐことぐらいなら、まあそこまで他人と協力し合う必要もないかもしれない。

だけど、だからといって人は万能ではない。自分の力には限界があるし、人間なんて多くても腕は2本しかないのだ。

その力量の乏しさを、よくよく理解しなければならない。

たとえば筆者も、里親を探している動物や、命の期限が目前に迫った愛護センターの動物をどうにかして助けたいとは思ってしまう。

しかし、それらの動物全てを助け、支えるにはあまりにもお金もマンパワーも足りない。

1人の人間のできることには限界がある。

動物愛護を1人で切り盛りすることの難しさ

ここで事情を知っている方は「ああ、あの人のところか」と理解できるような話を一つしたい。

恵まれない猫を個人で保護し、里親につなげる活動をしていた人物がいた。長年1人で頑張って活動していたが、そういう努力って永続的なエネルギーはないものなのかもしれない。

あるときから、ぷっつり糸が切れたかのように、活動は滞りだした。

寄付された猫たちの食事を一切開封もできず、ケージの掃除もままならず糞まみれ。

そういう状況に陥ってしまった個人の愛護活動家がいることを筆者は知っている。

一体どういうタイミングで心が折れてしまうのか。それは筆者には分からない。

分からないが、1人で数十もの猫の面倒を見るというのは、これは大変な労力を要すること。

とても何年も続けられるものではない。

が、そういう人物がいつまでも猫を手放したがらないという状況もあり、この飼い殺しの状況をなかなか周囲も改善させにくいのも厄介だ。

度が過ぎた個人での保護活動の末路はおおよそ暗い…

個人での動物の保護活動って、まず金銭的な余裕がない。そしてお金の余裕は、心の余裕に直結している。

これがなければ、人は自分の行いを安心して継続すらできなくなる。

支援物資をもらっても使わずにダメにしたり、トイレの掃除もできなくなるほど精神的に弱るなどは、その具体的一例ではないだろうか。

そもそも人間1人では、多くの命を救うなんてことはできない。それが分かっていながら、自分の裁量以上のことをしようとして潰れてしまう人もいるのだ。

そうした人の話を耳にするたびに、筆者はなんとも虚しい気持ちになってしまう。

まして大勢で運営しているはずの愛護団体が、狭いケージに1日中犬猫を閉じ込めて、死んだ個体を丁重に葬ることもしないような事例が告発されるような話もある。

数人、数十人態勢でやっても難しい活動なのだ。1人では荷が重すぎる。

おわりに

もちろん、個人であっても、自分の力量に見合った活動をするのであれば問題は起きにくい。

だけど愛護活動にはイレギュラーがつきもの。SOSを受けてやむなく多数の子猫を引き受けて、里親も見つからない。そんなことはざらにある。

崇高な志を閉ざす障害がやたらに多いのが、個人で行う保護活動なのだ。

みんな最初は、目の前の小さな命を救いたいから立ち上がる。

なのにどうしたことか、数年後にはおかしな方向に倒れてしまう個人・団体はいくらでもあるのが物悲しい。

文/松本ミゾレ

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