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人生も猫も愛おしく、せつなく、温かい。ロードムービーの傑作「ハリーとトント」

人生も猫も愛おしく、せつなく、温かい。
ロードムービーの傑作「ハリーとトント」【本気の猫映画レビューvol.5】

アカデミー賞を獲得した、猫映画の名作

猫好きの人に猫映画のおすすめを聞くと、十人十色の答えが返ってきます。マニアなればこそ萌えツボがそれぞれ違うということなのでしょうが、映画マニアに猫映画のおすすめを聞けば、まず筆頭にあがるのがこの「ハリーとトント」。

「ハリーとトント」は、1974年製作のアメリカ映画です。1975年の第47回アカデミー賞で主演男優賞を獲得し(脚本賞候補)、1974年度の『キネマ旬報ベスト・テン』では外国映画ベスト・ワンに選出。1970年代を代表する傑作ヒューマン・ロードムービーといわれている作品なのです。

主人公は、愛猫のトントと一緒にニューヨークのマンハッタンに住む72歳の老人ハリー。行政の区画整理のためアパートから強制的に立ち退きを迫られたハリーは、最後まで抵抗しますが、ついにトントを抱いたままソファごと外に運びだされてしまいます。やむなくトントを連れて長男の家に行ったものの、嫁の不満に気付いたハリーは、実娘のシャーリーを頼ってシカゴに赴くことに。ここから、ハリーとトントの長い旅が始まります。

ピンチ続きの旅、でも無邪気なトントを見ているだけでほんわかする!

ハリーは最初、いちばん早く着く飛行機で娘のもとに行こうとしますが、トントを手荷物扱いされて激怒し、バス旅に切り替えます。しかしトントのトイレ問題で道に置き去りにされ、しかたなく中古車を買って旅を続けますが、運転免許の期限が切れていることに気づく…、という具合に、旅はピンチの連続(正直、今の飼育基準で見ると「もっと猫のことをちゃんと考えて!」と突っ込みたくなるところも多々ありますが、1970年代としては精いっぱいだと思います…)。

でもハリーはくじけません。拾ったヒッチハイカーに運転を代わってもらったり、旅の途中で出会ったヒッピー少女の励ましで初恋の女性を訪ねて行ったり…。寄り道続きの旅を続けるなかでハリーは、さまざまな人々と心通わせていきます。一方、長男、長女、次男、誰もが人生に問題を抱えていて、愛しているのに、父親を受け入れる余裕がありません。老いや人生の悲哀を感じさせるせつないシーンが多いのですが、まるでハリーの一部のようにぴったり寄り添い続けるトントの姿が、じんわり心を温めてくれます。

猫好きでない人が見ても間違いなく名作なのですが、猫好きにとって嬉しいのは、ほとんどのシーンにトントが登場し、素朴な愛嬌を振りまき続けていること。このトントの無邪気な姿が本当に愛らしくて、つい目で追ってしまい、字幕が頭に入らないシーンもあるほど(味のある名セリフの連続なのに!)。

あまりに淡々とした別れのシーン。だからこそいつまでも心に残る

しかし映画の終盤、トントは(おそらくは老衰で)、あっけなく逝ってしまいます。病院のケージの前で、ハリーは動かなくなったトントに、いつもと同じように陽気な鼻歌を歌って聞かせます。そして最後に「お別れだな」とほほ笑みながらつぶやき、後もふりかえらずにその場を立ち去るのです。古い友達が亡くなった時は、訪ねていった遺体安置所でこらえきれずに嗚咽し別れを惜しんでいたのに…。

でもハリーはおそらく、年老いたトントとの永遠の別れに耐えられるよう、ずっと前からひそかに心の準備をしてきたに違いありません。その覚悟を感じさせる淡々とした別れが、むしろ、ハリーの愛の深さと喪失感の大きさを感じさせました。

でもその後で、もうひとつの理由にも気づきました。ハリーは前半、亡き妻の思い出話のなかで「死は怖くないが、苦痛が恐ろしい」「苦痛は死よりも酷(むご)い」と語っています。奥さんの死よりも、奥さんの苦痛を見ながら、何もしてやれなかったことがつらかったのです。だからこそ、安らかに、眠るように逝ったトントを見とどけることができ、どこか安堵したのかもしれません。そう思うとこのシーンもまた、悲しいけれど、温かな愛に満ちているように思えます。

最後のシーンでは、ひとりぼっちで砂浜を歩くハリーの前に、トントそっくりの猫があらわれます。思わず追いかけようとして、立ち止まるハリー。このシーンが何を意味するのかについては諸説ありますが、私には、たとえ目には見えなくても、歩き続けるハリーのかたわらにずっとトントが寄り添っていることの証しに思えるのです。


ブルーレイ発売中「ハリーとトント」(1,905円+税)20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

文/桑原恵美子
発売元/20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

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