2021-11-20 地の縁、人の縁、猫の縁。 虹の橋を渡る日まで連載 虹の橋を渡る日まで 山門をくぐると読経の声が聞こえてきた。私の従兄弟のタカ兄の声だ。本堂でお勤めをしているらしい。お経の意味はわからないけど、良い声だ。独特の節回しと相まってずっと聞いていたくなる。 本堂の階段に腰掛けると、すぐ脇に猫がやってきた。こちらの顔を見上げて「にゃあ」と挨拶すると、すぐ目を閉じて香箱になった。何だか一緒になってお経に聴き入っているようだ。 この猫は私がまだ小学生の頃、拾ってはきたものの、ウチで飼えなくて、この寺のタカ兄に引き取ってもらったのだ。タカ兄は猫に「ソラ」と名付けた。それ以来、この寺に来ては、ソラと遊んでいた。今ではソラとその子どもが、寺の境内で暮らしている。 歳の離れていた従兄弟のタカ兄には、よく宿題を教えてもらったり、親に言いにくい相談事も聞いてもらったりと、ソラにかこつけてしょっちゅうこの寺に来ていた。 タカ兄が都会の大学に行ってしまってからもずっと、寺でソラに愚痴を聞いてもっていた。ソラは今日のように脇で香箱になったり、たまに膝の上に乗って来て、私のとりとめない愚痴を聞いてくれた。 どちらかというと田舎寄りなこの地域で、小中高と私のまわりはずっと同じ顔ぶれだ。進学先も少なくて、近所のみんなと同じ公立に通っている。小学校以来の友人たちと、わいわいやっているのが楽しかったはずなのだが、ここ最近、急にわずらわしくなってきた。友人と一緒に喋ったり、笑ったりすることが面倒になってきたのだ。 「私にナニがおきたんだろうね」そうつぶやいてソラを撫でてみるが、何の返事も無い。いつものことだ。私が愚痴る間、ソラはただ聞いている。 「今日も来てたの?」 声をかけられて振り向くと、タカ兄が笑顔で立っていた。いつの間にかお経が終わっていたらしい。タカ兄は私の脇からソラを抱きかかえると「奥でお茶でも飲んでく?」と聞いてきたが、「いい、すぐ帰る」と遠慮する。 タカ兄は大学を出た後、外資系の会社に就職した。でも、半年前、我が家の法事で伯父の住職の付き添いで、袈裟姿で現れたときは驚いてしまった。それ以来、またソラにかこつけてタカ兄の顔を見に寺に来ている。 「屈託があるね~。悩みってほどじゃないのかな」 私の顔を見るなりそう言われた。確かに悩んでいるわけでは無い。ただ、今のこのモヤモヤした気持ちを、どうにかしたいのだ。上手く言えないけど、タカ兄は真面目に聞いてくれた。 「あ~、わかるな~。それって僕も同じだったからねぇ」 「え?タカ兄も同じだったの?」 「うん、だからね、この土地から離れたくて、勉強頑張った」 「私も心の奥ではここを離れたい、と思っているのかな?」 「そうかも。例えて言うなら、地縁の輪廻からの解脱とか。あ、ちょっと違うかな」と笑った。 思い切って聞いてみた。 「アメリカまで行ったのに、どうしてまた寺を継ぐ気になったの?」 「他に継ぐ人がいなかったからねぇ。それにまたソラたちと暮らしたかったんだよ」 そう言っているタカ兄の足下に、五匹の猫が集まっていた。みんなソラの子どもたちだ。その猫たちをタカ兄は優しく眺めている。 「離れたくてもなかなか縁というのは切れないものなんだよねぇ、特に猫との縁はね」 タカ兄はお坊さんの姿になって、笑顔がより優しそうに見える。猫の力ってすごいな。 「東京の大学からアメリカに行って、結局、輪廻が一周まわって、スタート地点に戻ってしまった。でもね、結局これで良かったと思っている。今はね」 離れたかったこの土地とタカ兄を繋いでいたのは、ソラたちだったのか。そう思ったら心の中でソラにグッジョブをあげていた。でも、「今はね」って?どういうことだろう? 「うん、住職もまだ健在だし、今度は修行でいろいろ出てみたいな、と思って。ま、いつかね」 すごいなぁ、ただお寺を継ぐだけじゃなくて、さらに修行の旅に出てよりグレードアップするタカ兄。せっかく戻ってきたのに、また会えなくなるのかな。 「そのときはまた、ソラたちの様子を見に来てあげてよ。とても喜ぶし、僕も安心だよ」 「私も一緒に行きたいな……」 「ん?」 「あ、何でも無い、それじゃ帰る」 タカ兄と話して、少しわかってきた。私は田舎が窮屈だった。タカ兄のように、もっと開けた世界でいろんな経験を積みたい。ただ、この地を離れるのが怖かっただけだ。一度離れたら二度と戻れないと思っていた。 でも、戻りたかったら、いつでも戻っていい。だってタカ兄とソラたちとの縁は切れないのだから。 さて、そうと決めたら勉強を頑張らなくちゃ。タカ兄と同じ大学は無理でも、東京の大学には行きたいし。今のままじゃ成績が足りない。やることをひとつ、見つけた。 (文/木村圭司、編集/柿川鮎子) \ この記事をみんなにシェアしよう! / この記事をみんなにシェアしよう! 【猫クイズ】短足・小型・巻き毛が特徴の「ラムキン」ってどんな猫種? (3.3) ぼくたちは猫を育てているのではない。猫に育てられているのだ。 (2.27) 雪の降る中、お姫様抱っこで登校しました。 (2.27) タヌキは人を化かす!?ただしどうやら猫には勝てない (2.27) 注目のグッズ 犬猫どっち派?村松誠の「2021年版 犬猫カレンダー」 ドラえもんに大変身!犬猫用『ドラえもん コスチューム』 ボディケア用品からお菓子まで!猫好きな彼女や妻に喜ばれるホワイトデーギフト4選 【猫クイズ】短足・小型・巻き毛が特徴の「ラムキン」ってどんな猫種? 愛犬がまさかの“犬嫌い”…その原因はどこにあるのか? ぼくたちは猫を育てているのではない。猫に育てられているのだ。 \ PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック! / PETomorrow をフォローするには下のボタンをクリック! Facebook にいいね!する Twitter をフォローする Instagram をフォローする Pinterest をフォローする