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うちの会社が潰れないのは猫のおかげだ

虹の橋を渡る日まで

私が勤務している会社は特殊な空調機器製造の中小企業で、同族会社だ。

創業者の会長は町工場のご意見番としてテレビによく出ているので有名だが、社内では優しいおじいちゃんだ。マスコミ向けにガミガミ怒って見せるのはパフォーマンスで、社内ではいつも職人さんと楽しそうにニコニコ話し込んでいる。

この会長とその息子の社長が揃って「頭が上がんない」と頼りにしているのが常務の鈴木女史である。業界では会長以上に知られたやり手で、空調関連業界では有名人のひとりだ。

鈴木女史は部品調達を管理する資材部のベテランで、ほぼ社内の経営を取り仕切っていると言っても過言ではない。入社3年目の私なんて、恐れ多くて近寄ることもできない。

今日も女史が電話でていねいにガミガミ文句を言っているのがパーティション越しに聞こえてくる。口調は優しいし、見た目も細く、なよなよした感じなのに、ミスを許さない厳しさがある。会社にとって利益にならないことはどんなに些細なことでも、ダメなのだ。

あんな風に仕事ができたらいいなと、密かに尊敬しながらも、怖いので敬遠している。みんな同じように感じているらしく、部長なんて、社長よりも鈴木女史に気を使って仕事をしているぐらいだ。

女史はていねいに優しく「短納期をご希望ならば、汎用品をご利用くださいませ。価格もそれに見合うように都合してございますし、オーダーでお受けするのにこの納期では難しく、部品調達が間に合いません」とキッパリ断っている。

どうせ営業が「大口のお客様だから」とか「新規だから逃したくない」と泣き落としにかかっているのだろう。しかし、女史にはそんな甘えは許されない。いつも「たった一つの部品購入で、利益がゼロになることもある」と厳しい。資材部は本当にシビアな目を持っていなければ務まらないようだ。

そんなカッコいい鈴木女史の私生活は全く不明で、バツイチという噂があるだけで、誰も本人に確かめたことはない。謎だが、私は女史について一つだけ秘密を知っている。

女史は猫を飼っているのだ。ストッキングでも隠せないあのノミの跡。スエードのバッグについた毛から、うちと同じぐらいの長毛の猫を飼っていることは間違いない。

最初にノミの跡を見つけた時は、厳しい女史がぐっと身近に感じられた。あの鈴木女史がノミに喰われている!猫仲間だっ!と嬉しくなった。

私と同じように、仕事のストレスを猫が上手に癒してくれているのかと思うと、猫に感謝したい気持ちでいっぱいになる。猫ちゃんありがとう。

あの厳しい鈴木女史が家に帰って「猫ちゃん、ただいま」なんてやっているのかと想像するとワクワクしてくる。うちの会社は女史でもっている。その女史を支えているのは猫だ。つまり、うちの会社が存続できるのは、猫のおかげなのだ(見事な三段論法だ!)。

陰でこっそり猫が支えているなんて、給料は安いけど、いい会社だと改めて思う。うちにも猫がいるから、ぜひ、鈴木女史のていねいで優しくキッパリ断る言い方をマスターして、「猫が支えるものづくり会社」を継承したいと思う。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

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