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90歳を過ぎた頃から、猫のことばかり思い出す。

猫が死んだ朝

昼食にそうめんが出て、昔飼っていた猫を思い出した。商家の実家でも、婚家でも必ず猫がいたけれど、そうめんが好きだったのはその一頭だけだった。賢くネズミを捕るのが上手だったので、家族にも奉公人にも可愛がられていた。

老人ホームでは何ひとつ不自由のない生活をしているが、猫がいない。入所前、ボランティアさんに引き取られた子は元気に暮らしているから心配ないけれど、猫のあの手触りの良い背中の被毛を感じられないのは、とても寂しい。

そうめんは小さく丸められていて、箸かスプーンですくえば一口で食べられるように盛り付けられている。手間のかかる作業をしてもらって、ありがたいことだ。そっと一本だけ指でつまんで、トレーの端に小さく置いた。そうめん好きだったあの子のための、影膳のつもりである。

祖父の代から食品問屋を営んでいた関係で、ネズミ除けのために猫がいつも蔵にいた。ひんやりした蔵の中で、猫がじっと何かを見ている瞳が大好きだった。「嬢ちゃんはいつも蔵で猫と遊んどるわ」とお手伝いさんに笑われたけれど、暇があれば薄暗い蔵の中で、猫を膝の上に抱いていた。

戦争前、軍隊へ納品する食品が増え、いっとき商売が盛んになった。その頃、そうめん好きな子はネズミ捕りで大活躍してくれて、とても可愛がられた。私は国語の時間に「兵隊さんの物資を守る、ゆうかんな猫、猫も私もお国のために一生懸命」と書き、先生に褒められた。

90歳を過ぎた頃から、昔のことばかり思い出すようになった。そうめん猫は尾の短い三毛猫で、瞳の奥が濃い緑色をしていた。食事中に私の隣にピッタリ座ったので、いたずらのつもりでそうめんを一本与えたら、あっという間に平らげて、もっと欲しいとせがんだのだ。母が食事中、猫を触るのを嫌がったので、そうめんをこっそりポケットに隠して、蔵で猫に与えた。

その時の猫の姿や、自分の気持ちは今でもはっきりと思い出せる。猫は嬉しそうにそうめんを平らげ、甘い声で礼まで言ったのだ。食べ終わった後の毛づくろいは入念で、満足そうな顔をしていた。

猫が好きなものを与えられる自分が、ちょっとだけ大人になった気分だった。家族も奉公人も、この子がそうめん好きだなんて知らない。「家族の誰も知らない秘密」という何か甘やかな感覚を味わった。

大好きだったそうめん猫は、空襲で蔵が焼けて行方不明になってしまった。猫がいなくなって泣いたのは私だけで、大人たちはもう猫どころの騒ぎではなく、長い間、生きるのに必死な日々が続いた。

この世の多くの女たちがやってきたのと同じような道を歩み、今、私はこのホームで一番の年寄りになってしまった。もう十分に生きた。思い残すことは何もないけれど、もし、最後に何がしたいかと誰かに聞かれたら、猫をこの手に抱いてみたい。

蔵の中で猫を抱いた少女の頃の私に戻って、つややかで素晴らしい被毛に触れてみたい。野生を失わない美しい瞳を見たい。猫独特のにおいを嗅ぎたい。叶わぬ願いではあるけれど。心の底から、猫に会いたい。

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

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