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あれ、涙が。“猫観”ががらりと変わる1冊「あたしの一生」

「猫の愛はクール」…そんなイメージがガラリと変わる本「あたしの一生」

「犬は愛情深くて献身的だけど、猫はクールで自分勝手」…多くの人がそんなイメージを抱いているのではないでしょうか。実は私もその一人でした。犬のように、あまりにまっすぐすぎる愛は重くて苦手、だからこそ、自分勝手な猫が気まぐれにくれるクールな愛のほうが心地いい…、そう思っていました。でも、そんな“猫観”ががらりと変わる本に出会いました。

あたしの一生 書影

「あたしの一生 猫のダルシーの物語」 (ディー・レディー 著/江國 香織 訳/小学館文庫)

この本は、「あたし」(猫のダルシー)の視点で、「あたしの人間」(飼い主)と暮らした17年間を綴った物語。著者紹介によると、ダルシーは実在の著者の飼い猫のようです。

母猫から教わる、猫の生き方の基本ルール

猫のダルシーは、納屋のすみで生まれた野良猫。母のナターシャが歌う、古くから伝わる「猫の歌」によって、猫の生き方の基本を教わります(江國香織さんの訳文がまた素晴らしい…!)。

「あたしはねる あたしはなまける
それは 最上の よろこび
(中略)
あたしはいつも満ち足りている
居間の椅子で爪をとぐ
あたしはあたしの人間を訓練する
みゅうって鳴けば
それは命令」

キジトラの子猫たち

やがて、子猫の品定めをしに何人かの人間が納屋に訪れ、その中から、ダルシーは運命的な愛を感じた人間に出会います。そして幸運にもその人間もまた兄弟の中からダルシーを選び、家に連れて帰るのです。

「やがて、彼女はあたしを家へつれて帰った。あたしが女王様みたいでいられる家に。あたしに具合がいいように、彼女がしつらえてくれる家に。で、あたしは早速、あたしたちのやり方をきめたのだった」(お互いを見初める)

暮らしのルールを決めるのは、あくまでも猫

この本が素晴らしいと思うのは、よくある猫の擬人化の物語ではないこと。あくまでも「猫」として存在していて、実際に猫と暮らしている私から見ても、ものすごくリアルで説得力があるのです。

ドアの前に座っている猫

例えば「訓練」という章では、「あたしの人間」との暮らしに慣れて来たダルシーが、人間に対する6つの本格的な訓練をはじめます。その一つ目は、自分が出て行きたくなったら、ドアを開けさせること。最初はドアの前で鳴いて飼い主を呼ぶのですが、訓練を重ねるとどこにいてもその鳴き声をあげるだけで、飼い主がダルシーを抱きかかえてドアまで運び、ドアを開けてあげるようになります。訓練効果、すごい…!

でもよく考えると、わが家でもまったく同じ。暮らし始めて5年目の今では、ちょっとした鳴き声の変化で愛猫の要求がすべて理解できるようになり、瞬時に対応できるようになっています…。つまり、猫によって「訓練」されているのです。

このように声のトーンで気持ちを伝えるのは、猫から人間への一方通行ではありません。ダルシーもまた、「あたしの人間」のやさしいささやき声や歌声に、安らぎと幸福感を感じる様が、繰り返し語られています。これも本当で、先代の猫が余命宣告を受けた時、かかりつけの動物病院の先生に言われたのは「猫の前では、普段と同じ調子で会話をすること」。飼い主が悲しんでいると、猫は会話のトーンでそれを理解し悲しむから、というのです。そのため最期の日々は愛猫の前では泣きたい気持ちを隠し、いつも以上に明るく会話をしていたのを思い出します。

このように猫と暮らした今だからこそ、「これは本当」と実感できることが多くあります。猫と暮らす前に、イメージトレーニングとしてこの本を読んでおけばよかった、と思うほどです。

ライバル猫の登場、飼い主の変貌…

17年間には、何度も愛情の危機がありました。そのひとつは、生まれてすぐに袋に入れられ森に置き去りにされていた子猫を、飼い主が見かねて連れてきた時。最初は平穏な生活を乱されることに怒っていたダルシーも、やさしく控えめな猫・バートルビーを次第に弟のように愛するようになります。しかしある時ダルシーは、飼い主もまた、バートルビーを深く愛するようになっていることに気づき、愕然とします。

植物とキジトラ猫

「あたしがこんなに愛しているのに、あたしの愛だけでは足りないの…?」
自分の傷心と悲しみを飼い主に気づかせるために、あえて距離をおき、「芸術的なまでの無関心」を装うようになったダルシー。飼い主はそれに気づいて悲しみつつ、バートルビーへの愛を捨てることもできません。

しかしその頃、飼い主の人生にも大きな変化が起こります。明るく、いつも陽気でやさしく、おりにふれて歌を口ずさんでいた彼女が、深い悲しみと自己嫌悪の中に閉じこもるようになったのです(あくまでも猫視点なので、その理由は読者には明かされません)。

人間の手とたっちする仔猫

ダルシーは飼い主の変貌にショックを受け、ただちに“愛情の出し惜しみ”をやめます。しかし飼い主は自分の殻に閉じこもり、どんどん生気を失っていくばかり…。もう一度、出会った頃のあの飼い主に会いたい。その想いを鳴き声で伝え続けたある日、ついに彼女がにっこり笑います。「あたしの人間が戻って来た!」ダルシーは、お互いがお互いを必要としていることを改めて思い知り、こう考えます「それで十分じゃないか」「たとえバートルビーがいても」。

やがてバートルビーとダルシーは共に成長し、「お互いが飼い主にとって必要な存在である」という強い絆を感じる仲間となります。そのバートルビーが突然、病死した時、人間とダルシーはお互いに支え合って深い悲しみを乗り越えました。再び戻って来た、二人だけの温かな愛に満ちた日々・・・。しかしやがて年老いたダルシーに、病魔が忍び寄ります。

音は消えても、愛のひびきはとどまっている

人間の手に甘える猫

もう耳も聞こえなくなり、横たわっていることしかできなくなったダルシー。でもそれは、最も幸せな日々でもありました。

「音という音がいってしまった
(中略)
あたしの人間のうたう歌
あたしにはもうきくことができない
彼女のささやく声
すすり泣き よろこびのためいき そして笑い声
いってしまった なにもかも

しかし愛のひびきはとどまっている
あまい思い出
言葉ではなく なにかメロディのようなもの
やさしくとどまっている
あたしの胸のなかに」(たよりにしあう)

最後にダルシーが息をひきとるシーンは、悲しいのになぜか同じくらい、幸福感にも包まれます。それはダルシーの深い愛を、ついに「あたしの人間」が完全に理解できたと感じられる瞬間だからかもしれません。

ダルシーの愛し方はあくまでも、猫の本能に基づいた愛し方。ですから人間から見ると身勝手に見えたり、気まぐれに見えたりすることもあります。でも著者である「あたしの人間」は、ダルシーから学んだのです。愛はさまざまな形をとってあらわれること、そして愛にはさまざまな段階があることを。「愛って何だろう」とわからなくなった時、ぜひ手にとっていただきたい1冊です。

ただしAmazonのレビューにも多くの声があるように、涙が止まらなくなる恐れがあるので、電車の中で読んだり、人と会う前に読んだりするのはやめておいたほうがいいと思います…。

※写真はイメージです。

文・桑原恵美子

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